読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まいにちえがお新聞

女子大生の日常のような雑記です。ラジオやってます。神木隆之介くんとウニ丼を食べるのが目下の目標です。→erimomo.com←

漫画と自分

ちはやふる29巻の第一五〇首を読んで、夜中に一人で声を出して泣いた。

 


多分どんな人でも、自分がやっていることは報われるのか、意味があるのか、考えることはあるのだと思う。

 

私もそうだ。

 

先の見えない長いトンネルの中をずっと歩いていると、本当にこの道で良かったのか、この歩き方で良いのか、不安で不安で仕方なくなる。

 

引き返したくなることもあるし、外の目に見える道を歩んでる人たちとどれくらい歩幅が違うのか、その人たちは今どこを歩いているのかも分からなくて、自分のいる所が不安になる。

 


でも最近、まだよくわからないけど、なんとなく真っ暗から薄暗いところに来ている感じはする。

 

そしてさっき、ちはやふるのページをめくってその絵と言葉が目に入った瞬間、視界が一回転した。

 

ぐるっと回って、感情が視神経を伝って、一気に涙が出た。

 

自分でもびっくりした。

 

 

 

私は誰かのために何かをやっているわけではない。

 

自分で選んでやっていることなんだけど、常に矛盾や葛藤があって、私はそれが今まで苦しかった。

 

自分で選んで好きでやっていることでも、矛盾なんてたくさんある。

 

でも、よくわからなくても、矛盾を感じてても、孤独でも悔しくても、それ以上に楽しくてやりたいことがあるから、自分で選んでやってるんだよね。

 

矛盾だらけで、でもそれを越える”好き”が私にはあったんだなあ、って。


そして、誰に褒められるわけでもなく、何か見える成果に結びつくかもわからないことでも、

 

私がやってきたことは決して消えない、なくならない。


意味のあることかどうかは分からないけど、でも、多分

信じて進んできてやってきたことに価値がないなんてことはない。と、思う。

それに気付けてすごく嬉しかった。

 

 


漫画を読んでいると、ああ、人って愛おしいなあ、と思う。

 

どんな人間でも、ぐるぐるした感情を持っていて、自分と向き合って泣いたり努力したりしていて。

 

この前漫画家の二ノ宮知子先生が、最近心無い絵を描くアシスタントについてツイートをしていた。

そのアシスタントは「何も考えないで絵を描くことにしている」と言ったとのこと。

二ノ宮先生はそういう”気持ちが入っていない絵”っていうのが分かるんだ。ってはっとした。

 

多分、私たちは読者だから、全力の絵と言葉を見てきている。

 

けど、きっと心が入っていない絵、っていうのが原稿になる前にはあって、それはやっぱり分かるものなんだ。

 

だから、漫画のなかの人たちが全力で何かを頑張ったり、泣いたり笑ったりしているのを見て、自分も心を揺さぶられるのは

 

描いてるほうも同じ気持ちで、全力で気持ちをこめて書いているからで・・・

 

努力したことがない人が、そういう漫画を描けるはずがないって思った。

 

漫画には本当に色んな人がいる。まっすぐで正直者の努力家も、嘘つきもで嫌な奴も、不器用で優しい人も、そりゃもう書ききれないほどたくさんいる。

 

でも、どんなキャラクターも、全部自分なんだよね。

 

嘘つきも、不器用も意地っ張りもあまのじゃくもずるさも自分だし、正直で努力家で明るいのも自分。

 

だから私は、漫画の中の人たちを見て、人が愛おしく感じるんだと思う。

 


私はもっと自分の嫌いな部分とか、矛盾する部分とか、もちろん自分の良い部分にも、もっともっと向き合っていくべきだなと思った。

 

まずは”今”の自分と向き合うこと。それはきっと、いろんな人間が出てくる漫画づくりにもきっと役立つ。

 


漫画家ってほんとにすごいなあ。


人生懸けて描いてるんだもんなあ。しびれるなぁ。

 

今日感じたことは、ずっとずっと大切にしていきたいな。

 

 

momo.

 

にほんブログ村 大学生日記ブログ 女子大学生へ
にほんブログ村