まいにちえがお新聞

女子大生の日常のような雑記です。ラジオやってます。神木隆之介くんとウニ丼を食べるのが目下の目標です。→erimomo.com←

魔女の宅急便

 きのうの夜、とてもさびしくて、ジブリを借りてきました

魔女の宅急便をみました

なんかね、絵も 音楽も ことばたちも やさしくって
ふしぎな涙が でました

最初の方でキキが 満月の晴れた日に出発する!てゆって
いま出発しないと、1ヶ月後素敵なボーイフレンドでもできたらますます行けなくなっちゃうじゃない!ってゆったときに たしかにー!って思いました  笑


街にはおしゃれなひとがたくさんいて 好きなひとができたのに じぶんはそのひとたちみたいにおしゃれじゃなくて くやしくて素直になれなくて

ってきもち、わかるなぁ 笑

それと キキが 
「わたし、魔法がつかえないと、なんのとりえもなくなっちゃう」 
ってゆったとき かんじたことがあって

キキは魔女だから 魔法がつかえることがとりえだとおもってて
でも キキとかかわってるひとたちって 必ずしもそうとはおもってなくって
魔法がつかえることって 確かにステキなことの1つだけど
ぜったいにそれだけじゃないってわかってて

だから それってキキだけじゃなくてみんなにいえることだなぁ、って思いました

たとえばじぶんでも あなたでも
じぶんが知っている思っている以上に じぶんのステキなところ まわりは知っていてくれてるんじゃないのかなぁ、って

そう考えると なんかきもちがふわってなりました

ただのポジティブすぎる発想かもしれないけど 笑


あと 宮崎駿監督の キキがジジの声をきけなくなった解釈について

”ジジの声はもともとキキ自身の声で、キキが成長したためジジの声が必要なくなった。変わったのはジジではなくキキ。”

ってゆうの うわー素敵だなーって。

こうゆうことを ふわりとのせられる監督は ほんとに素敵ですごいなあ、と。



小さいころは 神様がいて 不思議に夢をかなえてくれた
小さいころは 神様がいて 不思議に愛を届けてくれた

じわ~って きました

小さいころは ほんとうに神様がいて 見守ってくれて支えてくれるひとが 自然に用意されていて たくさんの夢をかなえてくれて たくさんの愛があふれていて

でも おとなになるにつれて ゆっくりゆっくり じぶんでなにかを みつけて 感じるようになって

夢も 愛も そこにあるものなんじゃなくて じぶんでみつけて つかむものなんだって



ふんわりふんわり こころがふわふわします
いつみても ジブリはいろんなこと感じさせてくれるなあ

わたしもいつか ほうきでそらを とびたいな~って
これはね 小さいころから ず~っと信じてる わたしの小さな夢です 笑